「私に、つくらせてもらえませんか」 仕事場の隅から、春恵の声がした。勝次と松野は、どちらからともなく、 そちらに顔をむけた。 「その簀桁を、私につくらせてほしいのです。私は、簀桁職人の娘です」 春恵の目が、凛とかがやいた。 「春恵さんが…」 はい、と春恵は、松野をまっすぐみつめた。 「娘がやる、というのですから、私が断るわけにもいきません」 「おひきうけしても、よいのですね」 春恵は、松野とも、勝次ともなく念をおした。 なん年もこの道を歩いてきた自分が思いやんだことを、娘の春恵は、い ともたやすくひきうけた。いつのまに、これほどつよくなったのだろう。 勝次は、仕事場の隅でちんまりと坐っている娘に目をやりながら、そのか わりように感じいっていた。 勝次は、春恵をうながし、松野の意向をいれて、簀桁の寸法を、定寸の およそ三分の一の、幅八〇センチ、奥行き四五センチときめた。 それからの春恵は、いきいきと生きかえるようだった。 萱と馬の尾毛の簀桁づくりは、しかし、思ったほどにはかどらなかった。 萱は、すすきをつかった。すすきは、そのへんの野にいくらでもあった が、竹のように太さがうまくきまらない。おなじイネ科でありながら、こ うも違うものかと思いなやむ。竹に慣れた春恵の手に、萱は、むずかしい 材料だった。ちいさな炭火で暖をとり、冬の夜を徹して仕事をした。あか ぎれた指に、細く裂いた萱が容赦なくくいこんでいく。馬の尾毛も、伝手 をたどってたずねたが、なかなか思うようなものが手にはいらない。やっ と、いいものが集まったのは、節分をすこしすぎたころだった。 勝次は、娘の仕事を、じっとみまもった。おそろしいまでの気迫がつた わってくる。それはまるで、春恵のいのちを、簀の一本いっぽんに編みこ んでいるようだった。 神々しいほどの、女である。松野を思うと、たとえ地獄にいても、春恵 には勇気がわいた。煩悩の薪を燃やして菩提をえている。春恵の姿は、そ んなふうにみえた。 (つづく) 「紙の子守歌」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2007-02-19 09:57
| 小説のようなもの
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