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紙の子守歌   (45)



「私に、つくらせてもらえませんか」
 仕事場の隅から、春恵の声がした。勝次と松野は、どちらからともなく、
そちらに顔をむけた。
「その簀桁を、私につくらせてほしいのです。私は、簀桁職人の娘です」
 春恵の目が、凛とかがやいた。
「春恵さんが…」
 はい、と春恵は、松野をまっすぐみつめた。
「娘がやる、というのですから、私が断るわけにもいきません」
「おひきうけしても、よいのですね」
 春恵は、松野とも、勝次ともなく念をおした。
 なん年もこの道を歩いてきた自分が思いやんだことを、娘の春恵は、い
ともたやすくひきうけた。いつのまに、これほどつよくなったのだろう。
勝次は、仕事場の隅でちんまりと坐っている娘に目をやりながら、そのか
わりように感じいっていた。
 勝次は、春恵をうながし、松野の意向をいれて、簀桁の寸法を、定寸の
およそ三分の一の、幅八〇センチ、奥行き四五センチときめた。
 それからの春恵は、いきいきと生きかえるようだった。
 萱と馬の尾毛の簀桁づくりは、しかし、思ったほどにはかどらなかった。
 萱は、すすきをつかった。すすきは、そのへんの野にいくらでもあった
が、竹のように太さがうまくきまらない。おなじイネ科でありながら、こ
うも違うものかと思いなやむ。竹に慣れた春恵の手に、萱は、むずかしい
材料だった。ちいさな炭火で暖をとり、冬の夜を徹して仕事をした。あか
ぎれた指に、細く裂いた萱が容赦なくくいこんでいく。馬の尾毛も、伝手
をたどってたずねたが、なかなか思うようなものが手にはいらない。やっ
と、いいものが集まったのは、節分をすこしすぎたころだった。
 勝次は、娘の仕事を、じっとみまもった。おそろしいまでの気迫がつた
わってくる。それはまるで、春恵のいのちを、簀の一本いっぽんに編みこ
んでいるようだった。
 神々しいほどの、女である。松野を思うと、たとえ地獄にいても、春恵
には勇気がわいた。煩悩の薪を燃やして菩提をえている。春恵の姿は、そ
んなふうにみえた。

                           (つづく)

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「紙の子守歌」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2007-02-19 09:57 | 小説のようなもの
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