つぎに冴香と顔をあわせたのは、二週間ほどした秋の夕ぐれである。 保雄が工房を借りている民家の裏手から帰ってくると、工房の軒下に 人影がありそれが冴香だった。離れの廂に懸けられた杉板の〈草木庵〉 と書かれた保雄の父の筆のあとを目で追っていた。 冴香は、このあいだとはうってかわって、ブルージーンズに木綿のシ ャツを着て薄手のカットソーををはおり、足もとはカジュアルな靴を履 いていた。 「また、取材ですか? だいぶ待たれたでしょう」 こんな夕ぐれにどうしたのだろう、と思いながら保雄はたずねた。 「いいえ、ほんの五分ほど…。それより、わたしのほうこそ、なんの前 ぶれもなく訪ねてきたりして、ごめんなさい」 じっさい、冴香が〈草木庵〉に到着した時刻とあわせるように、偶然 保雄は戻ったのだった。 冴香は、保雄の手にある、白いちいさな花をつけた丈のある草に目を やった。 「なんですの、それ」 「ああ、これですか、藤袴というんです。この裏の家のおばあさんが育 てているんで、少しもらってきました」 保雄は、身体をねじるようにして裏手を見た。 「なんだか、野草のような感じなのに、栽培を?」 「ええ、もともとはそうでした。でも、いまでは、そうでもしないと手 にはいりません。野の草だというのに栽培しなければならないとは、か なしいですね」 きたなくしてますが、あがってください、と保雄は先だって工房には いった。もうすぐ秋の日が山のきわに落ちようとしていたが、そとでの 立ち話もなかろう、と保雄は、冴香をなかへの招じたのだった。 (つづく) 「めきき」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-05-22 09:15
| 小説のようなもの
|
カテゴリ
以前の記事
2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 フォロー中のブログ
おパリな生活 La chambre v... ルナのシネマ缶 パリの空気 ぽいぽい日記 Les Vacances... 友くんのパリ蚤の市散歩 pTedEpaPiLLon* パリでシネマ?! 句・織・亭 その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||