人気ブログランキング | 話題のタグを見る

め き き   (13)



 つぎに冴香と顔をあわせたのは、二週間ほどした秋の夕ぐれである。
 保雄が工房を借りている民家の裏手から帰ってくると、工房の軒下に
人影がありそれが冴香だった。離れの廂に懸けられた杉板の〈草木庵〉
と書かれた保雄の父の筆のあとを目で追っていた。
 冴香は、このあいだとはうってかわって、ブルージーンズに木綿のシ
ャツを着て薄手のカットソーををはおり、足もとはカジュアルな靴を履
いていた。
「また、取材ですか? だいぶ待たれたでしょう」
 こんな夕ぐれにどうしたのだろう、と思いながら保雄はたずねた。
「いいえ、ほんの五分ほど…。それより、わたしのほうこそ、なんの前
ぶれもなく訪ねてきたりして、ごめんなさい」
 じっさい、冴香が〈草木庵〉に到着した時刻とあわせるように、偶然
保雄は戻ったのだった。
 冴香は、保雄の手にある、白いちいさな花をつけた丈のある草に目を
やった。
「なんですの、それ」
「ああ、これですか、藤袴というんです。この裏の家のおばあさんが育
てているんで、少しもらってきました」
 保雄は、身体をねじるようにして裏手を見た。
「なんだか、野草のような感じなのに、栽培を?」
「ええ、もともとはそうでした。でも、いまでは、そうでもしないと手
にはいりません。野の草だというのに栽培しなければならないとは、か
なしいですね」
 きたなくしてますが、あがってください、と保雄は先だって工房には
いった。もうすぐ秋の日が山のきわに落ちようとしていたが、そとでの
立ち話もなかろう、と保雄は、冴香をなかへの招じたのだった。

                           (つづく)

め き き   (13)_d0063999_8145799.jpg




「めきき」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。

 << よろしければクリックを
by revenouveau | 2006-05-22 09:15 | 小説のようなもの
<< サン・ピエールの生命 アタシ、どこか間違ってる?  (4) >>