真野は年にいちどは店を訪うが、ふだんは手紙だけですませていた。 「主人は、わたしの顔を見ても、すぐにはだれなのか思いださないのだ。 まあ、こっちも、しょっちゅう顔をだすわけではないから仕方ないが…。 しかし、足を見せると、ああ、あなたでしたか、となる。そうして、わ たしの型紙を奥の間の抽き出しから選ってくるわけだ。あれも職人芸と いうのだろう。たいしたものだ」 足袋のほころびに目をやって、繕えばまだ履ける、つぎに行くときに もっていこう、と真野は足袋をふところにしまった。 「こわれたら捨てる。そんな考えが近ごろは多くなったがどうしたもの だろうな。だが、ことによっては、あえてこわさなければならないもの もあるだろう」 くどいようだが、あのことはよく考えてみることだ、と真野はいい、 背中を見せ、手をあげると〈蔵屋〉をでていった。貝の口に結んだ真野 の帯が、こちらをにらんでいるように見える。ええ、と保雄は、生返事 になった。 (つづく) 「めきき」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-05-11 09:18
| 小説のようなもの
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