(「大薮春彦」のような)
■□■ ゆるやかにカーヴを描いた無鋪装の道路を抜けると、女は、小走りに、 川沿いに建つ共同ランドリーへ急いだ。 誰もいない。 混雑するピークの時間はすでに過ぎているのだ。この時間の微妙な盲 点を狙うのが自分の才覚なのだと女自身、自分では信じていた。 ■□■ 十二時を回ったのだろうか。 陽は、女の頭をかすめ、真上にさしかかろうとしている。 女は、手の甲で汗を拭い、ちょっと額を持ち上げただけで、タオルの ブリーチを続けていた。 が、次の瞬間、女は、〇・三三八マグナム百十グレイン弾丸をまとも に頭にくらったような衝撃に襲われた。 「一体何なの、あれは…」 震えた声が漏れた。表情がこわばっている。 山肌をえぐり取られ、断層をあらわにした十メーターほど川上の岸に 桃が流れ着いている。 目分量で、七、八キロはあるだろうか。とてつもない大きさを無視す れば、それはまぎれもない桃である。 女は、周りに誰もいないことを確かめる。にやりッ。かすかに笑った ようだ。 自分の用心深さを女は誇りに思った。 「彼、ぜったい、ぴっくりするわ」 そう言って、静かに桃のある岸へ歩いて行った。 遠くで見た時よりもひどく大きい。 えぐり取られた山肌から突き出した岩が、そこだけべつの水流を作り 出して、ぐるぐると渦巻いている。 うかつに近寄ると危ない。足場をしっかりと固めた。 渦の弱まる瞬間がある。タイミングを計算し、女は、桃に手を伸ばす。 一瞬のタイムラグを利用して桃を抱き上げた。 女は、洗い上がった衣類などを大雑把に整理し、桃をかかえ、朝来た 道を使い、家路を急いだ。 ■□■ 「よく持って来れたな」 満足気に笑いながら男は言った。 「それにしても大きな桃だ。さっそく味見を」 手にした木屋謹製の和風ナイフを桃めがけて振りかざす。 そして、二人は偶然にも似たタイミングで顔を見合わせ、不敵な笑み をもらした。 ■□■ この桃が二人の未来にとって重大な鍵を握っていたとは、この時、夢 にも思わなかった。 (つづく) このシリーズは、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-03-16 10:22
| 小説のようなもの
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