う つ わ   (3)



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 ときおり、よく焙じた鼓を打つような音が、源造の家から、もれ聞か
れた。矢場からこぼれる、かすかな刹那の音である。
 半畳ほどの沓脱ぎの土間があり、一段高い、よく磨きこまれた板の間
が射場になっていた。間口が三間、奥行きが二間、天井だけは二間半と
高いが、全体にはこぢんまりして見える。南面する側は、的にむかって
濡れ縁のように開け放たれており、雨除けの廂が長めに張りだしていた。
矢場の左手は、山の斜面で、鬱蒼とした竹林が自然の壁となった。
 幸一が、矢場にたつ源造の姿をはじめて見たのは、基地あそびの最中
である。
 短い張りつめた音を耳にして、幸一は、山の斜面を竹林づたいに少し
さがってみた。なにかがはじかれるような、その音は、源造が矢を射る
音だった。
 射手は、藍染めの弓道着をきて、白足袋をはいていた。百六十何セン
チメートルかの小柄な身体が、二メートルを優に超える弓をもちながら、
まことに遜色なく、凛とたっている。老人が、ふだん見かける実際の身
の丈よりもおおきく見えるのが、幸一にはふしぎだった。
 幸一は、自分の身体の中心を貫いていく思いを感じた。けれど、それ
がなんであるか、説明のつくものではなかった。
 じつに、たおやかな姿である。射手は、両方の脚を背丈の半分ほどに
あけて、外八文字に踏みひらいた。それぞれの足の爪先が、的と一直線
にならぶ。三十メートル近くあろうと思われる射場の縁先と的場とのあ
いだを、小粒の玉砂利が、間口のはばで、ひと筋のまっすぐな道となっ
てつないでいた。
 斜面からずり落ちないように、竹の根元を握りしめた手が汗ですべる。
幸一は、息をひそめ、じっとみつめていた。
 源造は、矢を射るために、胴づくりをはじめる。
 肩のちからをすっとぬき、背すじをのばして、ゆっくりと呼吸をとと
のえる。弦の中仕掛けに矢筈をつがえ、頭のあたりで弓を構えると、矢
を水平にたもったまま、左右に引きわけていく。
 しなっていく弓と張りつめた弦をみつめながら、幸一は、なにも考え
ることができなかった。ほかのなにも、目に、はいらない。そこにいる
のは、ふたりだけだった。

                           (つづく)

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「うつわ」は、毎週月曜・木曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2006-01-26 08:18 | 小説のようなもの
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