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う つ わ   (1)            連載スタート!



              ■□■

 ぽんと蜜柑の花にはじかれたひかりが、幸一の背中を、やさしく押し
あげるように追いかけている。
 伊東線の宇佐美駅で、念のため駅員に道をたずねたとき、タクシーを
すすめられたが、幸一は、ひとこと礼をいうと、もう、駅員が指さした
ほうに足をむけていた。
 約束の時刻には、まだじゅうぶん間があったし、もとより歩いていく
ことをきめていたから、そのつもりで電車にも乗ったのだった。
 幸一は、駅舎をでて、いったん坂道をくだり、観光地らしいにぎやか
な町並みをぬけると、右手にそれて、のぼり坂を歩いていった。
 路辺の草むらには、たくましいいきおいがある。ときおり風にゆれる
葉末の青が、やがてくるまばゆい季節の訪れを予感させていた。
 初めての土地にいったとき、幸一は、時間に余裕があれば、すこしで
も歩いてまわることにしていた。それは、道草というのとは、ちょっと
違った。そうすることで、目には見えないけれども、たしかに得るもの
があるように、幸一には、感じられた。
 なによりも、そうしたほうが、自分がたのしかったし、ゆたかな気持
ちにもなれるのだった。
 そうしたことが、いつごろから自分の身についたのか、はっきりとは
彼自身にもわからない。
 それにしても、かつては、背中あわせのようにくらしていたにもかか
わらず、いちども宇佐美の地を訪ねたことがなかったのは、なにか妙な
気がした。
 さまざまな人との出会いがある。土地というものとも出会いがあると
すれば、人はどれほどの土地と出会うのだろうか。幸一は、考えてみた。

                           (つづく)

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「うつわ」は、毎週月曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2006-01-16 08:20 | 小説のようなもの
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