■□■ ぽんと蜜柑の花にはじかれたひかりが、幸一の背中を、やさしく押し あげるように追いかけている。 伊東線の宇佐美駅で、念のため駅員に道をたずねたとき、タクシーを すすめられたが、幸一は、ひとこと礼をいうと、もう、駅員が指さした ほうに足をむけていた。 約束の時刻には、まだじゅうぶん間があったし、もとより歩いていく ことをきめていたから、そのつもりで電車にも乗ったのだった。 幸一は、駅舎をでて、いったん坂道をくだり、観光地らしいにぎやか な町並みをぬけると、右手にそれて、のぼり坂を歩いていった。 路辺の草むらには、たくましいいきおいがある。ときおり風にゆれる 葉末の青が、やがてくるまばゆい季節の訪れを予感させていた。 初めての土地にいったとき、幸一は、時間に余裕があれば、すこしで も歩いてまわることにしていた。それは、道草というのとは、ちょっと 違った。そうすることで、目には見えないけれども、たしかに得るもの があるように、幸一には、感じられた。 なによりも、そうしたほうが、自分がたのしかったし、ゆたかな気持 ちにもなれるのだった。 そうしたことが、いつごろから自分の身についたのか、はっきりとは 彼自身にもわからない。 それにしても、かつては、背中あわせのようにくらしていたにもかか わらず、いちども宇佐美の地を訪ねたことがなかったのは、なにか妙な 気がした。 さまざまな人との出会いがある。土地というものとも出会いがあると すれば、人はどれほどの土地と出会うのだろうか。幸一は、考えてみた。 (つづく) 「うつわ」は、毎週月曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-01-16 08:20
| 小説のようなもの
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