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紙の子守歌   (26)



 山並は、いましがた松野のあやつる簀桁のうえで生きもののようにみ
えた紙料に興味をもち、失礼します、と自分の指を漉き舟のなかにつけ
てみた。
「案外ねばりがあるものなんですね、この水は…」
 トロロアオイという植物からできる糊がまぜてあるのだと松野はこた
えた。
「その分量と割合は、葉蔵さんから教わったままを守っています。なか
には、そうしたことを秘密にしている方もあるようですが、私などは後
を継ぐものもいませんし、どなたでも知りたい方がいらっしゃるなら、
すすんでお教えします。こうして紙を漉くのも、私の代までかと思うと
辛い気持ちになったりしますが、これも仕方のないことなのでしょう。
私自身、取り残されたような気はまったくしないのですが、時代の変化
にはとうていかないません」
 松野の顔に翳がうかんだようだった。
「もっとも、私にしても、紙漉きでここまで生きてこようとは思いませ
んでしたが…」
 そう嘆息しながら、葉蔵から紙漉きを教えられたころのことを語りは
じめた。

 葉蔵が弓の腕前を見込まれて、松野の父の徳之介のもとに雇いいれら
れたのは、松野が十二歳になったばかりのころだった。葉蔵は、三十半
ばで妻のせいを伴って松野の家にはいったのである。せいは、葉蔵とは
五つちがいだった。松野の家の副収入にもなると、紙漉き場は、徳之介
の指示ですぐに建てられた。十二歳の松野にとって、そこは好奇心をみ
たす格好の場である。松野は、葉蔵が紙を漉いているところへたびたび
あらわれるようになった。
「葉蔵さん、紙漉き、みててもいい」
 たとえ使用人が相手でも、父の徳之介は、葉蔵を呼び捨てにはさせな
い。獅子の子落とし、というのが松野家の家風で、待望の男児ではあっ
たが、松野を甘やかして育てることはしなかった。それが徳之介の誇り
でもあったのだろう。子どものことで、勉強するのはもちろんだが、庭
そうじや立木の手入れ、廊下の雑巾がけなど、松野は、ちいさなころか
ら自分の役割をわりあてられていた。
「いいですよ。泰昭さん、土間はすべりますから、足もとに気をつけて
ください」
 葉蔵は、いいながらも手を休めることはなかった。

                           (つづく)

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「紙の子守歌」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2006-11-30 09:21 | 小説のようなもの

夜をゆく飛行機

(「立読のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


主な登場人物は、谷島酒店の家族6人。

あるインタビューで、角田光代さんは、この家族のことを「サザエさんの
ような一家」といっているとおり、あたたかい空気でつつまれている物語
です。

うとましい、けれども憎めない。古くさいと感じる、けれども懐かしい。
家族とは、はたして…

ストーリーは、谷島家の三女・里々子を語り手にして、変わらないようで
変わってゆく家族の関係を軸に展開します。

なかでも、重要なエピソードは、二女の寿子が書いた「下町のロビンソン」
という小説が新人文学賞を受賞したこと。

そこに描かれている家族に、じぶんたちの姿を投影しながら、それぞれの
こころがゆらぎはじめていくのです。

ありのままが、いつしか、ありのままでなくなっていくさまを、みごとに
生々しくつづっていく角田さんの描写力は、さすがというほかありません。

■著者:角田光代 ■出版社:中央公論新社 ■価格:税込1575円

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by revenouveau | 2006-11-29 09:47 | 立読のようなもの

ざらざら

(「立読のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


anan増刊号として登場した雑誌「ku:nel(クウネル)」に掲載された20
編と他誌に掲載された3編をあわせ、23の物語をおさめた短編集です。

わたし(秋菜)と恒美とバンちゃん(男性)、お酒好きで、ともに27歳
という3人のふしぎな関係を描いた表題作「ざらざら」をはじめ、くされ
縁、失恋、不倫、熱愛、片思いなど、さまざまな情愛を川上弘美さんなら
ではのタッチでつづった作品が、まさにめじろ押しといった感じ。

  「ラジオの夏」
     「菊ちゃんのおむすび」
        「ときどき、きらいで」
           「同行二人」
              「えいっ」
                  ……

ほら。タイトルをみただけでも、本の楽しさが伝わってきませんか。

■著者:川上弘美 ■出版社:マガジンハウス ■価格:税込1375円

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by revenouveau | 2006-11-28 10:54 | 立読のようなもの

紙の子守歌   (25)



「では、すこし漉いてみましょうか」
 松野は、そういって漉き舟に歩みよると、簀桁を漉き舟にいれた。紙
料のとけた水をすばやく汲む。簀桁をゆりかえす。紙の繊維が簀桁のう
えでからにみあうようにひとつになっていく。はやい。簀桁に残った水
が放られた。
 山並は、息をのんだ。ふたつの短い音にはさまれた、ひとつの長い音
がみえた。弦が矢をほどく音、矢が大気を貫いて走る音、そして的を射
す音の光景だった。山並は、矢場でのあの調子をたしかにとらえていた。
弓と紙漉きの関係を問うたとき、松野が呼吸でしょうかと淡々とこたえ
たのを思いだした。
 松野は、いままでの鷹揚さを裏切るようなすばやい挙措で、漉いた紙
を紙床にならべると、もういちまい漉いてみせた。水の音がした。
 矢場でみた、ふしぎな筋道をもって繋がっていた松野の動作が、ここ
ではさらにつよい繋がりをもって、山並の脳裏にうかんだ。
「みごとなものです」
 山並の声には、ためいきがまじっていた。
「いえ、なん年かやっていれば、だれでもできるものです。それよりも、
こうした紙漉きなどということっをなん十年もやってきたことが自分で
もふしぎなようです。仮に褒めていただけるとすれば、そういったこと
でしょうか」
 松野の言葉には、紙漉きとともに生きてきたものの誇りと重みがあっ
た。
「しかし、なんとも芸術的でした」
「いいえ、私は、職人です。芸術家というのは、自分の裡にある創作意
欲をみたすためにものをつくるのではないでしょうか。私たち職人は、
お客さんあっての仕事です。お客さんによろこんでもらえるのがなによ
りと思います。なん年も苦労をかさねてきたことが、お客さんの満足し
た顔ひとつで報われるのです。それが、おわかりになるでしょうか。ふ
だんの生活のなかで、どんどんつかってもらう。壊れても、直せるもの
なら、直せばいい。紙なら、また漉きますよ。和紙は、意外とじょうぶ
ですけれども…。そんなものをつくるのが職人です。頑固で、なかなか
ものをつくらない。そんな職人の話しをときどき耳にしますが、そんな
のは職人じゃありません。ただの偏屈です。職人としては失格でしょう」
 もし、ほんとうの職人がそうした状態になるとしたら、そのひとの裡
のお客さんが、その仕事をよしとしないからでしょう。しかし、そうし
た職人でも期限はちゃんと守ります、と松野はいった。それは、円熟し
た常識家の達観したものいいに思えた。

                           (つづく)

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by revenouveau | 2006-11-27 09:41 | 小説のようなもの

アタシ、どこか間違ってる?  (20)

「かんぱつをいれずに答えが返ってきました」


さて、この言い方のどこが間違っているのでしょうか。

正解例は、こちら...
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by revenouveau | 2006-11-24 09:42 | 美句のようなもの

紙の子守歌   (24)



 紙料をためておく漉き舟、それを汲みあげて紙に漉く簀桁、できた紙
をねかせる紙床、楮の皮をはぐ道具、紙料を選別するときにつかうおお
きな笊、…。
 松野は、愛着をもって、いつくしむように、ひとつひとつに手をふれ
ながら説明していった。
 木灰といっしょに楮を煮る大釜は、仕事場の奥に、半分おもてに飛び
だすようなかたちで置かれていた。裏庭に引きいれた沢で楮の灰汁をぬ
き、清水で晒すのに便利なように、自然とそうした置き方になったのだ、
と松野は話した。いちまいの紙ができあがるまでには、なん工程にもお
よぶ。山並は、紙づくりの奥の深さに思いを馳せながら、窓のそとへと
目をやった。
「おやっ、あのシーソーのようなものは、一体なんでしょうか」
 大釜の右手、おおきくあけられた窓をぬけて、おもてに、梃子を利用
した道具が二列にならんでいるのがみえた。
「あれは、唐臼です。晒した楮の繊維を叩いてほぐすのにつかいます。
大分の日田というところで、川の流れを利用して、やきものの陶土を砕
くのにつかっているのだということを葉蔵さんからききました。葉蔵さ
んが、どうして日田の唐臼を知っていたのかは、わかりませんが、たい
そう便利なものです」
 唐臼は、一方のうわつらに水をうける溜りがあり、一方のしたがわに
杵のような突起がでている。水うけの溜りがいっぱいになると、頭がさ
がり水がこぼれる。水がこぼれた唐臼は、重たい杵を地面に打ちつける。
地面に打ちつけられて跳ねるようにする杵が楮の繊維を叩くようになっ
ていた。さいごのほぐしの作業ですが、おおかたを叩いてほぐすにはこ
の唐臼でまにあいます。いちど科学的に分析してもらったことがあるの
ですが、楮の繊維が、手でほぐすのと同様にやわらかくほぐれていると
のことでした、と松野はのべた。
「ちょうど、日本庭園にある、ししおどしのようになっているんですね。
なるほど、古人の知恵には、はかりしれないものがあります。唐臼とい
うのですから、中国から伝わったものなのでしょうか…」
 自然の恩恵とちからをみごとに利用しながら、自然をほんのすこしも
壊すことはない。山並は、感心した。日本じゅうをさがし歩けば、まだ
こうした古人の知恵にめぐり会えるであろうかと考えてもみた。

                           (つづく)

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by revenouveau | 2006-11-22 09:45 | 小説のようなもの

終末のフール

(「立読のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


8年後、地球に小惑星が落ちてきて、人類は滅亡する…

そんな衝撃的な事実が発覚してから5年。

秩序の崩壊や犯罪、パニックが起きるだけ起きてようやく一段落、治安も
回復してきたころ、仙台の北部にある“ヒルズタウン仙台”という団地に
住むひとびとの姿が描かれる連作短編集です。

小惑星にだれが立ち向かっていくのか、だれが人類を救うのかという話し
ではなく、そこにつづられるのは、人類滅亡を3年後にひかえた“凪”の
ような状態。

それは、かならず起こることなのに、登場人物たちは「自分は死なないか
もしれない」と、どこかで思っていたりする。それは、“逃げ”というよ
りも、命のあるかぎり、生きることをあきらめない人間のつよさのあらわ
れであると、わたしは思いました。

表題作「終末のフール」のほか「太陽のシール」「籠城のビール」「冬眠
のガール」「鋼鉄のウール」「天体のヨール」「演劇のオール」「深海の
ポール」の8編のタイトルが韻をふんでいるのもまた一興。

ところで、あと3年で世界がおわるとしたら、あなたはなにをしてすごし
ますか。

■著者:伊坂幸太郎 ■出版社:集英社 ■価格:税込1470円

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こちらは、「終末のフール」特集サイトです。

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by revenouveau | 2006-11-21 09:41 | 立読のようなもの

紙の子守歌   (23)



 父の徳之介は、太平洋戦争がはじまる直前に、脳の血管がやぶれて世
を去った。それは、まえの年に逝った母の津弥のあとを追うような、は
やすぎる死だった。松野は、成人をずっと先にみて、ひとり残されるか
たちになった。父の代からの使用人の坂本葉蔵夫婦と、沼津の伯父が松
野の後見となってめんどうをみたが、戦中戦後のきびしいなかをやり通
すには、土地をどうにかするしかなかった。
 松野の家は、いわゆる素封家で、徳之介は、きまった仕事はもってい
なかったが、町の役員などをかってでるような男で、人望はあつかった。
 工作機械などにも興味をもち、はやくからドイツやイギリスに見聞に
でかけ、その成果をもちかえった徳之介は、なん社かの工場の顧問をつ
とめ、それをもって家族をやしなっていたのである。
 松野が生まれたのは、徳之介が五十をすぎた歳で、はじめての男の子
ということもあって、母の津弥とともに、それはたいそうなよろこびよ
うだったという。昭和二年のことで、泰平の泰と昭和の昭をとって泰昭
と名づけられた。うえに姉がふたりいたが、歳がずいぶんはなれており、
泰昭が三歳のときには、それぞれ沼津と蒲原に嫁していた。
 松野が紙漉きに興味をもったのは、坂本葉蔵がいたからだった。時代
をのぼれば、松野家のまわりにも紙を漉く家は、なん軒かあったらしい
が、松野がものごころつくころには、そうした家もとうになくなってい
た。徳之介は、葉蔵を弓の仲間として家に雇いいれたとき、葉蔵のため
に、母屋の奥に紙漉き場をつくったのだった。

「せまい仕事場ですが、どうぞ、おはいりください」
 紙漉き場の引き戸も手入れが行き届いており、矢場とおなじように静
かにあいた。
 山並は、松野にしたがって紙漉き場へと足をふみいれた。紙のにおい
なのだろうか、うっすらと草いきれのようなにおいがする。かずかずの
道具の置き方や仕事場のこしらえは、手なれた職人に共通するように、
つかい勝手のいいように造作されていた。

                           (つづく)

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by revenouveau | 2006-11-20 09:55 | 小説のようなもの

アタシ、どこか間違ってる?  (19)

「関係者各位殿」


さて、この言い方のどこが間違っているのでしょうか。

正解例は、こちら...
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by revenouveau | 2006-11-17 09:34 | 美句のようなもの

紙の子守歌   (22)



              ■□■

 紙漉き場にむかう途中、陽なたに紙が板干しにされていた。
 はやくも蜻蛉が舞い、自分の影を追うように、急にうごき急にとまり
して飛んでいる。板干しにされた紙のうえで、散らされた葉影と蜻蛉の
影が、濃く淡くまざりあいながら模様になる。あれほどのはばたきをみ
せながら、よく羽音がしないものだ、と山並は胸のうちで感心した。
 山並が蜻蛉にみとれているうちにも、松野夫人は、紙を板干しにして
いた。ななめにたてかけた板のうえに紙をはり、刷毛でならしていく。
刷毛は、馬の毛をつかっている、とのことだった。
「水の音がきこえますね」
 山並は、きいた。
 音は、矢場で耳にしたときよりもおおきくなっていた。たしかに水の
流れである。しかし、先ほどきいたのとは、なにか違っているようにも
思えた。
「富士の湧き水です。裏庭に沢を流して水を取りこんでいるので、きっ
と、その音がきこえるのでしょう。なんといっても、紙漉きには、水が
欠かせません。原料の楮を木灰といっしょに大釜で煮るのも水、晒すの
も水。漉き舟のなかで紙料をとかしておくのも水です。沢の水は、地下
水ですから、一年じゅう温度がかわらないのもうれしいことです」
「いわれてみれば、その通りですね。紙と水とは切ってもきれません」
 そうこたえながら、矢場できいた水の音は、ほんとうの流れなのか、
自分の胸のうちを流れていた情感ともいうようなものなのか、と山並は
考えていた。
「それにしても、ひろい敷地ですが、どれくらいあるのでしょうか」
山並は、母屋の先へとつづいているのだろう、松野の紙漉き場へと目を
やった。
「さて、どのくらいあるのでしょう。しかし、山家のことですから、ひ
ろいといっても、たいしたことはありません。父の代には、もっとひろ
かったのですが、私が食い潰してしまいました」
 かつては、このあたり一帯がうちの土地だったのです。松野は、山並
がのぼってきた坂道のあたりを指しながらそういうと破顔した。

                           (つづく)

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by revenouveau | 2006-11-16 10:21 | 小説のようなもの