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blanc manger

■INGREDIENTS: pour 4 personnes
150g d'amandes hachees
600ml de lait
150g de sucre semoule
un filet de vanille
15g de delatine
300ml de creme fraiche liquide

■PREPARATION
1)Faire bouillir le lait, les amandes, le sucre et la vanille.
  Retirer du feu et laisser in fuser 15 min.
  Passer l'ensemble au chinois.
2)Tremper les feuilles de gelatine dans l'eau froide.
  Prelever une petite quantite de lait parfume et le faire
  chauffer. Y incorporer les feuilles de gelatine egouttees
  puis melanger dans le lait restant. Reserver au frais.
3)Fouetter la creme. Ajoutez-la delicatement dans le lait.
4)Garnir des moules. Mettez plusieurs heures dans le
  refrigerateur. Demouler en plongeant quelques secondes
  les moules dans l'eau chaude.



※日本語訳をごらんになる場合は「more...」をクリックしてください。

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More... 〈日本語訳〉
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by revenouveau | 2005-06-30 13:24 | 仏語のようなもの

海の仙人

(「立読のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


あなたは、いまの仕事をやめて、どこか静かなまちでひっそりと暮らしたい
と思ったことはありますか。

独特の青をたたえた海が美しい福井のまち。敦賀。

宝くじで3億円を当てた主人公・河野は、それまでつとめていた銀座のデパ
ートやめ、このまちでのんびりと暮らしはじめました。

海の砂をしきつめたリビングで昼をすごし、ときには、懇意にしている老人
と釣りにでかけたり、船でちかくの島にわたったり… 
いずれにしても、なにかをしなければといった、あてもありません。

あるとき、リビングに入れ替えをする砂の採取に海岸にやってきた河野の目
の前に、得体のしれない「何ものか」があらわれます。

   「ファンタジーか」
   「いかにも、俺様はファンタジーだ」
   「何しに来た」
   「居候に来た、別に悪さはしない」

またまた、こんな展開です。

ちかごろ、こんな本によく出会います。

主人公をとりまく、なんにんかの女性や男性。そして、〈ファンタジー〉の
なんでもないような日々が、さらさらと流れます。

手のひらにすくった砂が、いつのまにか、こぼれてしまっているような感じ。
気がつくと、地面には、なにやら美しい模様ができている。知らないうちに、
居心地のいい世界がそこにできあがっているのです。

不思議なのは、たいていのひとが〈ファンタジー〉を見たとたん「ファンタ
ジーだ」と一目でわかってしまうところ。

けれども、そのなかにあって、その「何ものか」を〈ファンタジー〉だと気
づかなかった女性がいたのです。河野の元同僚という設定のかのじょ。この
かのじょだけが、わたしの目に、とてもいきいきと人生を生きているように
映ったのは、示唆的なことだったのでしょうか。

それにしても、この〈ファンタジー〉。「神様」としている書評がけっこう
多いのですが、なぜなのでしょうか。登場人物が、〈ファンタジー〉のこと
を「神様」と思いこんでいるようなフシはあるのですが、地の文では断定し
ていなかったと思うのですが…

■著者:絲山秋子 ■出版社:新潮社 ■価格:税込1365円

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by revenouveau | 2005-06-30 09:02 | 立読のようなもの

家守綺譚

(「立読のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


ときは、いまから100年とちょっと前のこと。

主人公の「私」は、綿貫征四郎というもの書き。

ある日、湖でボートを漕いでいる最中に行方不明となり返らぬひととなった
学生時代の友人、高堂。

かれの父親から、家の管理をたのまれて住むようになった一軒家。

時代を感じさせる趣のあるたたずまい。池のある庭には、さまざまな木々が
しげり、鳥や虫などもやってきます。

綺譚。

物語は、まさに、仕組まれていて、なんともいえない独特のテンポと空気感
をもちながら、淡々とすすみます。

はげしい雨の夜。ひとしきりの雨風がおさまったかと思うと、床の間の掛軸
のあたりからキイキイという音が…。絵のなかのサギがあわてて逃げだした
かとみるや、一艘のボートがちかづいてきたのです。

亡くなったはずの高堂でした。

   「どうした高堂」

「私」は、思わず声をかけたものの、おどろくようすもありません。

   「逝ってしまったのではなかったのか」
   「なに、雨に紛れて漕いできたのだ」
   「会いに来てくれたんだな」
   「そうだ、会いに来たのだ。しかし、今日は時間があまりない」

明治のはじめごろには、ほんとにこんな話があったのでは……、と思わせる
ようなファンタジックで悠長な会話が、なんとも不思議。

このあと、「私」は、サルスベリに恋されたり、白木蓮がタツノオトシゴを
産むのを目撃したり、さまざまな超常現象に遭遇します。

しかし、「私」は、やはりおどろきません。

狐、狸、河童、人魚、子鬼、竹の精… ひとならぬものたちと、「私」との
あまりにものびやかな交流。

そんなことのすべてが、あたりまえのように、静かに、そこで起こっている
のです。

「サルスベリ」「都わすれ」「ヒツジグサ」「ダァリヤ」「ドクダミ」「カ
ラスウリ」「竹の花」「白木蓮」「木槿」「ツリガネニンジン」など、草花
のなまえを冠した各章は、ひとつの掌編としても楽しめます。

ちょっと話がすぎると感じたのは、彼岸と此岸をつなぐメタファーなのか、
ボートを漕いであらわれる高堂。舟というモチーフが、あまりにも説明的で
は? と、わたしは感じました。

■著者:梨木香歩 ■出版社:新潮社 ■価格:税込1470円

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by revenouveau | 2005-06-29 09:16 | 立読のようなもの

シェフと素顔と、おいしい時間

(「立見のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


                             ★★★☆☆

シャルル・ド・ゴール空港25時。

運命のいたずらで(つきなみないいかた?)出会ったふたり。

暴力的な恋人から逃げようと、空港へ。しかし、突然のストで搭乗する予定
の飛行機が飛ばないことを知り、がくぜんとしていたローズ。

別れた恋人に会うため、アメリカからミュンヘンへとむかう途中、悪天候で
空港に足どめされていたフェリックス。

恋人から逃げる女性と恋人を追いかける男性。

ずうずうしくも、かのじょが、かれにケータイを借りたことをきっかけに、
ふたりの会話がはじまります。

一見不似合いとも思える男女の、ふたりきりのディナー。いつしか、ふたり
は、それまでのよそゆきの仮面をはずし、素顔のじぶんをみせはじめます。

トップ・メイキャップ・アーチストのローズと、かつてはシェフとして名を
はせたフェリックス。ふたりの恋のゆくえは…

ジャン・レノの無愛想で堅物な感じと、ジュリエット・ビノシュの派手さの
バランスは、まさに絶妙。

しかし、フランス映画ならではの「ひねり」を期待してはいけません。

それから、「この映画、なんだかアメリカっぽいなぁ」と思ったあなたは、
とってもするどい。

なぜって…

それは、10年前にダニエル・トンプソン監督がアメリカ映画のために書いた
脚本がしたじきになっているから。

ちょっぴり低迷していた、このジャンルのアメリカ映画に新しい風をいれよ
うとしたのでしょうか。しかし、じっさいにクランクインにはいたりません
でした。

で、この作品。

物語はストレートな展開になってはいるものの、ダニエル・トンプソン監督
はさすがに30年以上のキャリアをもった脚本家。エスプリのきいたフレンチ
流オトナのロマンティック・コメディにしあがっています。

ちなみに、原題は「DECALAGE HORAIRE」で、「時差ぼけ」という意味。
邦題の評価、これは微妙です。

■監督:ダニエル・トンプソン ■初公開:2003.08
■出演:ジュリエット・ビノシュ、ジャン・レノ、ほか

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by revenouveau | 2005-06-28 09:20 | 立見のようなもの

Opera 未完,

終止しない
ロ短調6番目の音の第一転回形

CDは
静止したけれど
音楽は
わたしの裡でつづいていた

マダム バタフライ
かのじょの数奇な運命を
わたしが引き継ぐべくもない

2004年4月10日
東京文化会館
かのじょの生誕のくにで
新たな物語はうたわれた

Jr. バタフライ
未知にあふれた運命もまた
わたしが引き継ぐべくもない

けれど
あなたの曲もまだ終止しないと
わたしの心はうたう

  poco a poco (すこしづつでいい)

  tempo rubato (じぶんのはやさで)

  con brio (いきいきと)

  cantabile ad libitum (自由に歌うように)

そうだ
だれかをまねるのではなく
わたしは
わたしの歌をうたおう

雑音も不協和音も
ふところ深く
曲のゆたかさとして編みながら

だれも代わることのできない
わたしだけの展開を



HDを整理していたら、フォルダの片隅に、こんな詩作をみつけました。
昨年は、1904年2月17日ミラノスカラ座でのオペラ「蝶々夫人」の初演
から100年。それを記念して、オペラ「Jr.バタフライ」(台本:島田雅彦、
作曲:三枝成彰)が上演されました。

なぜ、いまこの詩作をアップ…

ジョン・ルーサー・ロングが小説「蝶々夫人」をアメリカの雑誌センチュ
リー・マガジンに発表したのは1897年。この物語は、劇作家デヴィッド・
ベラスコによって戯曲化され、1900年の早春、ニューヨークで上演。
2カ月後には、はやくも海をわたり、ロンドンのデューク・オブ・ヨーク
劇場の舞台にのり、評判に。ちょうどそのころ、「トスカ」のコベント・
ガーデン・オペラハウス初演(7月)にむけて指導にあたるためにロンド
ン入りしたのがプッチーニ。1900年6月、作曲家は「蝶々夫人」と出会っ
たのです。

しいていえば、6月にこんな詩作をアップするのは、そんなところです。

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by revenouveau | 2005-06-27 08:56 | 詩歌のようなもの

Ut re Mi fa Sol la ...

「グレゴリオ聖歌」をごぞんじですか。

原典は、ラテン語。カトリック教会で、「洗礼者ヨハネの誕生」の祝日で
ある 6月24日に歌われていた「ヨハネ讃歌」の歌詞(1番)といわれてい
ます。

    Ut quwant laxis
    resonare fibris
    Mira gestorum
    famuli tuorum,
    Solve polluti
    labii reatum,
    Sancte Joaannes.

        汝のしもべが 弦をかきなでて
        汝の妙なるわざをたたえ得るように
        このけがれあるくちびるの罪をのぞかせたまへ
        聖ヨハネよ

この各行の、先頭ふたつのアルファベットにご注目ください。

もう、お気づきでしょうか。

じつは、これが「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ」という音名(階名)のもと
になったのです。

はじめの「Ut」がなぜ「Do」とよばれるようになったのかは明確になって
いませんが、フランス式の楽典では、そのまま「Ut」の音名が採用されて
います。(興味のあるかたは、ごじぶんでくわしくお調べください。って、
案外無責任)

楽譜をみると、またうまいぐあいに、各行の先頭が「ド・レ・ミ・ファ・
ソ・ラ」という音になっているのです。

あと、さいごの「シ」は、どこからきたのでしょう。

これは、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・ヘ」だとおかしいからです。って、
そんなわけありません。「聖ヨハネ」をあらわす「Sancte Joaannes」
の「SJ」からきたのでしょうか。けれども、ここは「シ」の音になっては
いないのです。(これも、どなたか調べて、教えてください。ひとまかせ)

そのようなわけで、きょう6月24日は「ドレミの日」だそうです。

この譜線をつかって音の高さを明確にしめす記譜法は、イタリアの修道士、
グィード・ダレツオ*によってによって発明されました。



*Guido d'Arezzo:992?〜1050

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※写真は、映画「コーラス」より
■監督:クリストフ・バラティエ ■初公開:2005.04
■出演:ジェラール・ジュニョ、ジャン=バティスト・モニエ、ほか
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by revenouveau | 2005-06-24 15:00 | 所感のようなもの

TAXI NY

(ウイーウリーテーマへのTBです)こんなDVDで雨の憂鬱を解消しませんか
(「立見のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


                             ★★☆☆☆

リュック・ベッソン監督によって名をはせた"TAXI"が、本家フランスから
アメリカ・ハリウッドに上陸。監督は、ティム・ストーリー氏に。

フランス生まれのアクション・コメディの第一作を、ニューヨークを舞台に
リメイク? (エンディングは、まるっきりおなじだし)

メッセンジャーからタクシードライバーに転身。高性能の改造車を駆り、圧
倒的なスピードと類いまれなテクニックでしごとをこなしていたベル。

腕はそこそこ立つ?ものの、超がつく運転音痴。潜入捜査で失敗し、クルマ
を取りあげられたニューヨーク市警の刑事ウォッシュバーン。

銀行強盗事件をきっかけに、カレはカノジョのタクシーをひろいます。

あとは、例によって、クルマとクルマの追いかけっこ。

フランス版でプジョー対メルセデスだったたたかいが、ハリウッド版では、
フォード対BMWに。(ところで、この関係は、バランスとれてるのでしょ
うか。クルマにくわしいひとがいたら教えてください。イメージ的には、
BMWにフォード? という感じなんですが…  フォードの関係者の方、
ごめんなさい)

いちおう、マンハッタンということもあって、道路いっぱいにクルマがひし
めきあうなかをベルの改造イエローキャブ(といっても、小池栄子とかでて
きませんから)が走る場面はなかなかのみもの。

でも、強盗団の4人組がモデルばりの美女(そのなかのひとりが、スーパー
モデルのジゼル・ブンチェン)という設定は、なにか意味があったのでしょ
うか。(ここはアメリカ。ま、あまり深く考えないでいきましょう)

あと、しいて注目するところをあげれば、フランス版にもいえますが、音楽
のセンスでしょうか。

オープニングで、ビヨンセの“クレイジー・イン・ラヴ”をバックに、メッ
センジャーの自転車がマンハッタンの街を疾走するシーンは、いい感じ。

アベレージ・ホワイト・バンドやバスタ・ライムズ、そしてナタリー・コー
ルまで。ソウルフルなサウンドが映画を彩っています。ある意味、音楽でス
トーリーを盛りあげてるようなところも…

おすぎさん風にいえば、「アクション・コメディが好きなひとには、いいん
じゃないかしら」。(これって、映画評論家としてどうなの? 「おシゴト、
おシゴト。しがらみがあるのよねぇ」ということなのでしょうか。そんなぁ、
淀川センセイに叱られちゃうわよ!)

■監督:ティム・ストーリー ■初公開:2005.01
■出演:クイーン・ラティファ、ジミー・ファロン、ほか

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by revenouveau | 2005-06-24 11:05 | 立見のようなもの

moroha              invisible ver.

美し紙の白さをよごさぬよ
うわべの言葉をしまし

一瞬の白のまたきは
ほんとに取るに足らいけ
そこ世界があることのしるしになる

輪郭をもたいテクトを
あれもこもと指さしいたら
とてきれいな余白にった

濃密静寂をじゃませぬよう
ぽつんと休符をおきましょ

一瞬の休符のまたきは
ほんとに取るに足らなけれ
こに生死があることのしるしにはなる

手ざわい旋律を
あれもこれもと指さしていた
てもきれいな五線になっ


※コピーする要領で上部からドラッグするとブランクの文字もごらんいただけます。



※紙への印刷など、プリントメディアではむずかしい実験的な詩作です。
 いわば〈デジタルあぶりだし〉。特許申請中 (なの?)

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by revenouveau | 2005-06-23 12:34 | 詩歌のようなもの

白いカラス

(「立見のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


                             ★★★☆☆

制服って、キライじゃないです。 (フェチじゃありません)

気持ちがきりっと引きしまる感じや、きめられた制約のなかでじぶんなりの
着こなしを楽しむとか、いろいろ…

でも、あそこの学校(会社)の制服は着たくないな。

みなさんは、そんなふうに思ったりすることはありませんか。そして、そこ
には、デザインがいやだとかいうんじゃない、別の気持ちがはたらいている
こともあるような… それは、たとえば制服を着ることでクラスを着ている
かのように錯覚するような感じ。

余談はこれくらいにして、さあ、映画の話です。

原作は、フィリップ・ロス氏の「The Human Stain」。

ロバート・ベントン監督と、ピューリッツアー賞作家との幸せな出会いが、
珠玉(いいすぎ?)の映画を生みました。

アメリカ・マサチューセッツ州。名門大学の学部長をつとめるコールマンは、
ユダヤ人としてはじめて古典教授の地位をえた学者でした。しかし、講義中
に発したひとことが、黒人学生に対する差別だと非難され、勇退を目前にし
たかれを奈落へとつきおとしていきます。

辞職の知らせをきいたかれの妻は、ショックにより、まもなく他界。

わきあがる、やり場のない怒り。

かれは、湖の畔でひとり隠遁生活をおくるザッカーマンという作家を訪ね、
これまでのいきさつを本にするよう迫ります。しかし、作家から返ってきた
答えは、意外や「自分で書いたらどうです?」というもの。

書くことによって怒りを昇華しようときめたコールマン。かれとの出会いに
よって、書けないじぶんを乗り越えようと試みるザッカーマン。いつしか、
ふたりの間には不思議な友情のようなものが芽生えていきました。

やがて、元大学教授には、わかい恋人が…

かのじょの名は、フォーニア。義父の虐待、ベトナム帰還兵の夫からの暴力、
不慮の事故による子どもの死といった過去を背負いながら、掃除婦のしごと
で生計をたてている女性。

住む世界がちがいすぎると忠告する作家。

「これは、初恋でもないし、最高の恋でもない。しかし、最後の恋なんだ」

そう訴えるコールマン。しかし、かれにも、これまで隠しつづけてきた秘密
があったのです。

     人間はしみを、痕跡を、しるしを残す。
     それがここに存在している、唯一の証しなのだ。
                        ..... フィリップ・ロス

かぎりなく孤高であること。そうすることでしか、じぶんの生きる道を見い
だせなかったふたり。運命のように出会った男女は、ようやく、自らの魂を
さらけだそうとします。

わたしたちは、はたして、どこまで裸になれるでしょうか。

人種差別を主軸にしながら、家庭内暴力、幼児虐待、心的外傷後ストレス
障害(PTSD)など、アメリカがかかえるさまざまな問題を提示している
この作品は、わたしたちにとってもおおきな課題をつきつけているように
も思えます。

「白いカラス」。めずらしく、いい邦題だと感じた作品でした。

■監督:ロバート・ベントン ■初公開:2004.06
■出演:アンソニー・ホプキンス、ニコール・キッドマン、ほか

※DVDを観賞される方は、ぜひUS公開バージョンをごらんください。


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by revenouveau | 2005-06-22 15:20 | 立見のようなもの

クリムトと猫


(ウイークリーテーマへのTBです)こんな本を、読んでみてはいかが。
(「立読のようなもの」にはネタばれがある場合がございます)


ある時期には、12匹もの猫といっしょに暮らしていたといわれるグスタフ・
クリムト氏。その生涯を、かれのお気に入りであった猫たちが、さまざまな
エピソードをまじえながら教えてくれる絵本です。

文は、ベレニーチェ・カパッティ氏が担当。1973年生まれ。パヴィア大学
で近代文学などを、パリ第4大学(ソルボンヌ)で美術史を学び、卒業後、
子どもたちのための本の編集や翻訳を数多く手がけてきました。この作品は、
かれの著作の第1作目。

また、金色をふんだんにつかったオクタヴィア・モナコ氏の絵も、ひとつの
見どころ。

かれは、1963年生まれ。金細工に興味をもったことからボローニャの美術
アカデミーに入学。卒業後は、世界各地で絵本のイラストレーターとして活
躍、2004年には〈イタリア・アンデルセン賞〉においてベスト・イラスト
レーターの栄冠に輝きました。

この絵本のための独創的な原画は、ルーブル美術館に展示されました。

ふたつの才能のコラボレーションともいえる、あたらしいスタイルで紹介さ
れる、ウイーンの世紀末を生きた画家のシゴトぶりとその素顔。

   グスタフは、せっかく旅にでても、すぐにウイーンに帰りたがる。
    ……一日中仕事ばかり。これが、グスタフの最高の旅〜なのさ。

クリムト氏を知っている方も、知らない方も、ぜひごらんください。

などと書いている最中、わたしのデスクのうしろでいちゃついているだれか
がいる、と振り返っってみれば、それは、氏の手による「接吻」のレプリカ
でした。

■絵:オクタヴィア・モナコ ■文:ベレニーチェ・カパッティ
■訳:森田義之 ■出版社:西村書店 ■価格:税込1890円

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※画像は、さえらによるコラージュです。
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by revenouveau | 2005-06-21 19:40 | 立読のようなもの