カテゴリ:詩歌のようなもの( 11 )

母の哲学


早起きした日曜の朝
いつもの指定席にすわりながら
わたしは母に声をかける

最近どう

まあまあかしら

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by revenouveau | 2006-05-14 10:08 | 詩歌のようなもの

花に 人に


あどけない空たかく
粛々と往く雲にも似た
いにしえの巨人たちは
みただろうか

めぐりめぐる
ふだんの
あまりにもはなやかな光景

午前6時の陽光を深呼吸して
枝先にはきだす
ほの白い火焔

そこ此処で
やわらかな花弁が
樹皮の粗硬をつき破っている

やむにやまれぬ自身の表現
やむにやまれぬ生命の横溢

わたしは融けていく
自らの世界を刻々と完結させながら
なおあるがままに
外部と関わろうとする姿に

わたしは歩む
光に抱かれる時の岸辺を
あるがままの
無垢な言葉と交わりながら

わたしは感じる
花とわたしを
貫く
ひとつの法則を

はなに
ひとに
花はひとしく実在する

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千鳥ヶ淵の桜

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by revenouveau | 2006-03-31 08:06 | 詩歌のようなもの

告白の回路


1「すきよ」と
  言うべきですか    → NO(思考終了)
   ↓
   YES
   ↓
2「すきよ」の
 「す」を発声できますか → NO(思考終了)
   ↓
   YES
   ↓
3「すきよ」の
 「き」を発声できますか → NO(思考終了)
   ↓
   YES
   ↓
4「すきよ」の
 「よ」を発声できますか → NO(思考終了)
   ↓
   YES
   ↓
5「すきよ」と
  言ってみましょう   → NO(思考終了)
   ↓   ↓
   YES  YES
   ↓   ↓
 「すてよ」「すきよ」
   ↓   ↓
  failure success
   ↓
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言葉はどこにあるの

こころは…



2006 St. Valentine's Day によせて

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by revenouveau | 2006-02-14 09:18 | 詩歌のようなもの

試写会 〜 cinema du reves 〜

ある日ある時
ある試写会が催されました

なにを感じたかは人それぞれ

   心のどこか深いところからつきあげてくるものがあり、
   人間への愛しさを感じました。
                 (50代男性・会社員)

   画が、すごく痛い。けがしたばかりのところを、だれ
   かにまた噛みつかれたみたいでした。
                 (10代女性・美大生)

   どうしたら楽して儲けられるか、毎日そんなことばか
   り考えている自分がアホに思えました。
               (20代男性・フリーター)

   動物と人間が、あそこまで心を通わせることができる
   ものかと、感動をおさえきれませんでした。
                (20代女性・トリマー)

   ひょうひょうとした態度と、はちゃめちゃな結果のギ
   ャップ。もう、手ばなしで笑えました。
                  (10代男性・学生)

   音のでない壊れたピアノを一心不乱に弾いている少女
   の姿がとても印象的で、思わず涙がでました。
                 (30代男性・自営業)

   忘れられない映画です。映像や言葉を超えて、私の心
   に、詩のようなものが伝わってきました。
                 (40代女性・看護師)

   闘いのシーンには、大迫力というありきたりの言葉で
   は表せないほど、圧倒されました。
                 (20代男性・格闘家)

   主人公の男性が母親に語りかけるシーンは、子をもつ
   親として身につまされる思いがしました。
                  (60代女性・主婦)

   ただただ、切ない。けれど、また観たいと思わせる作
   品でした。
                 (30代女性・会社員)

   随所にみられるユーモアが、この映画をほのぼのとし
   たものにしているような気がしました。
                  (30代男性・教員)

   〈以下、略〉

そしてここに
ごみ箱に捨てられた
興味深い一枚のアンケートがあります

   ママがねむってしまったので、かわりに書きます。
   いろいろな映画のよこくをつなぎあわせたみたいで、
   ワタシはおもしろかったです。
   つぎはなにがおこるのか、わくわくしました。

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by revenouveau | 2005-09-26 07:11 | 詩歌のようなもの

Opera 未完,

終止しない
ロ短調6番目の音の第一転回形

CDは
静止したけれど
音楽は
わたしの裡でつづいていた

マダム バタフライ
かのじょの数奇な運命を
わたしが引き継ぐべくもない

2004年4月10日
東京文化会館
かのじょの生誕のくにで
新たな物語はうたわれた

Jr. バタフライ
未知にあふれた運命もまた
わたしが引き継ぐべくもない

けれど
あなたの曲もまだ終止しないと
わたしの心はうたう

  poco a poco (すこしづつでいい)

  tempo rubato (じぶんのはやさで)

  con brio (いきいきと)

  cantabile ad libitum (自由に歌うように)

そうだ
だれかをまねるのではなく
わたしは
わたしの歌をうたおう

雑音も不協和音も
ふところ深く
曲のゆたかさとして編みながら

だれも代わることのできない
わたしだけの展開を



HDを整理していたら、フォルダの片隅に、こんな詩作をみつけました。
昨年は、1904年2月17日ミラノスカラ座でのオペラ「蝶々夫人」の初演
から100年。それを記念して、オペラ「Jr.バタフライ」(台本:島田雅彦、
作曲:三枝成彰)が上演されました。

なぜ、いまこの詩作をアップ…

ジョン・ルーサー・ロングが小説「蝶々夫人」をアメリカの雑誌センチュ
リー・マガジンに発表したのは1897年。この物語は、劇作家デヴィッド・
ベラスコによって戯曲化され、1900年の早春、ニューヨークで上演。
2カ月後には、はやくも海をわたり、ロンドンのデューク・オブ・ヨーク
劇場の舞台にのり、評判に。ちょうどそのころ、「トスカ」のコベント・
ガーデン・オペラハウス初演(7月)にむけて指導にあたるためにロンド
ン入りしたのがプッチーニ。1900年6月、作曲家は「蝶々夫人」と出会っ
たのです。

しいていえば、6月にこんな詩作をアップするのは、そんなところです。

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by revenouveau | 2005-06-27 08:56 | 詩歌のようなもの

moroha              invisible ver.

美し紙の白さをよごさぬよ
うわべの言葉をしまし

一瞬の白のまたきは
ほんとに取るに足らいけ
そこ世界があることのしるしになる

輪郭をもたいテクトを
あれもこもと指さしいたら
とてきれいな余白にった

濃密静寂をじゃませぬよう
ぽつんと休符をおきましょ

一瞬の休符のまたきは
ほんとに取るに足らなけれ
こに生死があることのしるしにはなる

手ざわい旋律を
あれもこれもと指さしていた
てもきれいな五線になっ


※コピーする要領で上部からドラッグするとブランクの文字もごらんいただけます。



※紙への印刷など、プリントメディアではむずかしい実験的な詩作です。
 いわば〈デジタルあぶりだし〉。特許申請中 (なの?)

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by revenouveau | 2005-06-23 12:34 | 詩歌のようなもの

Joy To The World.

湿った空の下
12階のクレーンが
鋼鉄のよだれを垂らし
重奏のストリングスになる

とおい山際では
何本もの送電線に
おびただしい雀の群が
リズミカルに旋律をおく

聴こえない音に
目をこらしていると
裏返しになった宙から
年老いた自分の声が聞こえた気がした

きみは善人だ
しかし
それだけでは空虚
きみの胸の奥のちいさな庭に
勇気の苗を植えるのだ
たしかな存在として生きるために

わたしの空洞は
とまどいながらも
息苦しい闇を突き抜けてきた
生まれたての言葉でみたされる

さあ行こう
ひとの中へ
現実のまんなかへ

見なれたいつものまちは
にわかに生気をとりもどす
気がつけば
この道もまた驚きにみちている

やがて
耳にくくりつけたヘッドホンは
Three Dog Night を歌いはじめた


※Three Dog Night の「Joy To The World」lyrics はこちら
http://www.stlyrics.com/lyrics/thebigchill/joytotheworld.htm

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by revenouveau | 2005-06-14 08:20 | 詩歌のようなもの

ある朝

冷蔵庫から出したばかりの
凍えた鶏卵
陽にかざしてみると
孵化するはずもない宇宙が
気のせいかあかるんでいく

あてもなく行く散歩道
花壇の端にみつけた
つゆくさの芽
この一本の草の生涯すら
見とどけることのできない
ひとの一生もあることを思う

きれ間のない空の底で
涙ぐんでいるような鉛の雲
一粒の輝きの欠片さえ落ちてこない
けれどそのむこうに
太陽はたしかにある
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by revenouveau | 2005-06-13 08:30 | 詩歌のようなもの

言葉の海へ

かつてはゆたかな海だったしるし
そこにあるのは
ただそんなこと

なんどもくりかえされた
おびただしい生と死との堆積のあいだに
無秩序にけれども整然と散乱する
言葉のアンモナイト

威厳をたもとうとして枯れていく様式
考古学者でもないだろうにきみは
屍を掻き集めるのがお好みらしい

海へ
ほんとうの海へ

いまを生きている律動がそこにはある
絶えまなく
生まれては消え
生まれては消える言葉の波

つぎからつぎへと押し寄せてくる力
ときにはうねりに翻弄されることもあるが
ここにはたしかな実感がある

はたして
言葉はつねにかたちをかえながら
泳ごうとするものたちを支えてくれる



ブログをはじめてから、ほぼ1週間。
言葉をあつかうということは、とてもむずかしいということをあらためて
感じています。

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by revenouveau | 2005-06-10 08:47 | 詩歌のようなもの

ふだんの光景

母の腕のなかで
おさなごが舌を乳でぬらしながら
花と取り引きする蝶を目で追いかける

だいじそうにひときれのパンをかじる
物売りの男のかげで
研ぎすまされた雑草の刃先が
コンクリートを引き裂いている

生まれかわり
また生まれかわる
時の振り子のゆれるすきまで
わたしは何をしようというのか

形而上のための形而上
思弁と経験
演繹と帰納

きみは何ものなのか
そう問いかけられるまで
いま生きている不思議にさえ気づかなかった
たえず生は死をゆたかにのみこんでいく

せめぎあう無数の言葉と闘いながら
わたしは自分の裡に耳をそばだてる
キーボードは未知に関する言葉を打ち出し
スクリーンは解放の口づけを待っている

結び目のない生命の連環
灼熱のマグマの45億年後の後継者たち

この道を行けば
喉を潤すひとしずくにありつけるのか
しかし
わたしはこの道を行こう

乳をやる母のほほえみに
哲学者のまなざしをみつけ
物売りの男に
探究者のにおいをかぎながら


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by revenouveau | 2005-06-07 15:05 | 詩歌のようなもの