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紙の子守歌   (24)



 紙料をためておく漉き舟、それを汲みあげて紙に漉く簀桁、できた紙
をねかせる紙床、楮の皮をはぐ道具、紙料を選別するときにつかうおお
きな笊、…。
 松野は、愛着をもって、いつくしむように、ひとつひとつに手をふれ
ながら説明していった。
 木灰といっしょに楮を煮る大釜は、仕事場の奥に、半分おもてに飛び
だすようなかたちで置かれていた。裏庭に引きいれた沢で楮の灰汁をぬ
き、清水で晒すのに便利なように、自然とそうした置き方になったのだ、
と松野は話した。いちまいの紙ができあがるまでには、なん工程にもお
よぶ。山並は、紙づくりの奥の深さに思いを馳せながら、窓のそとへと
目をやった。
「おやっ、あのシーソーのようなものは、一体なんでしょうか」
 大釜の右手、おおきくあけられた窓をぬけて、おもてに、梃子を利用
した道具が二列にならんでいるのがみえた。
「あれは、唐臼です。晒した楮の繊維を叩いてほぐすのにつかいます。
大分の日田というところで、川の流れを利用して、やきものの陶土を砕
くのにつかっているのだということを葉蔵さんからききました。葉蔵さ
んが、どうして日田の唐臼を知っていたのかは、わかりませんが、たい
そう便利なものです」
 唐臼は、一方のうわつらに水をうける溜りがあり、一方のしたがわに
杵のような突起がでている。水うけの溜りがいっぱいになると、頭がさ
がり水がこぼれる。水がこぼれた唐臼は、重たい杵を地面に打ちつける。
地面に打ちつけられて跳ねるようにする杵が楮の繊維を叩くようになっ
ていた。さいごのほぐしの作業ですが、おおかたを叩いてほぐすにはこ
の唐臼でまにあいます。いちど科学的に分析してもらったことがあるの
ですが、楮の繊維が、手でほぐすのと同様にやわらかくほぐれていると
のことでした、と松野はのべた。
「ちょうど、日本庭園にある、ししおどしのようになっているんですね。
なるほど、古人の知恵には、はかりしれないものがあります。唐臼とい
うのですから、中国から伝わったものなのでしょうか…」
 自然の恩恵とちからをみごとに利用しながら、自然をほんのすこしも
壊すことはない。山並は、感心した。日本じゅうをさがし歩けば、まだ
こうした古人の知恵にめぐり会えるであろうかと考えてもみた。

                           (つづく)

紙の子守歌   (24)_d0063999_9404486.jpg




「紙の子守歌」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2006-11-22 09:45 | 小説のようなもの
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