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紙の子守歌   (21)



「いや、ずいぶん話しこんでしまいました。これでは、なかなか本題に
はいれませんね」
 その言葉で、山並は、紙漉きに関する取材と道具の借用依頼のために
松野の家をたずねたことに思いいたった。
「こちらこそ、よけいなお手数をとらせてしまいました。もうしわけあ
りません。おわりにひとつだけ訊いてもよろしいでしょうか」
 なにか、と松野は問いかえした。
「矢場に、白砂を蒔いたのは、どうしてでしょう」
「自分のなかの、ひとつの、けじめのようなものでしょうか。もうしあ
げられるのは、それだけです。それで、ごかんべんください」
 松野は、いつになく自分が饒舌になっていることに気がついた。松野
夫妻には、子がなかったが、生まれていれば、山並ほどの歳になってい
ただろう。息子ほどの歳の男をまえにして、松野の裡でなにがおこって
いるのか、それは松野にも謎のようであった。山並が松野夫人に母をみ
たように、松野は山並に幻の息子をみているのだろうか。
「それでは、仕事場のほうでお話しいたしましょう」
 そういいつつ、松野は、土間で下駄を履いて矢場をでた。先だって紙
漉き場にむかう老人の背をみつめながら、松野のいったけじめ、とはな
んなのかを山並は考えていた。

                           (つづく)

紙の子守歌   (21)_d0063999_9404486.jpg




「紙の子守歌」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2006-11-13 10:48 | 小説のようなもの
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