「いや、ずいぶん話しこんでしまいました。これでは、なかなか本題に はいれませんね」 その言葉で、山並は、紙漉きに関する取材と道具の借用依頼のために 松野の家をたずねたことに思いいたった。 「こちらこそ、よけいなお手数をとらせてしまいました。もうしわけあ りません。おわりにひとつだけ訊いてもよろしいでしょうか」 なにか、と松野は問いかえした。 「矢場に、白砂を蒔いたのは、どうしてでしょう」 「自分のなかの、ひとつの、けじめのようなものでしょうか。もうしあ げられるのは、それだけです。それで、ごかんべんください」 松野は、いつになく自分が饒舌になっていることに気がついた。松野 夫妻には、子がなかったが、生まれていれば、山並ほどの歳になってい ただろう。息子ほどの歳の男をまえにして、松野の裡でなにがおこって いるのか、それは松野にも謎のようであった。山並が松野夫人に母をみ たように、松野は山並に幻の息子をみているのだろうか。 「それでは、仕事場のほうでお話しいたしましょう」 そういいつつ、松野は、土間で下駄を履いて矢場をでた。先だって紙 漉き場にむかう老人の背をみつめながら、松野のいったけじめ、とはな んなのかを山並は考えていた。 (つづく) 「紙の子守歌」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-11-13 10:48
| 小説のようなもの
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