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め き き   (14)



 工房は、まず二畳ばかりの土間になっており、土間の右手、窓の下は
ちいさな炊事場になっていた。正面の手前は三畳ほどの板の間で、奥は
おなじくらいの広さの畳敷きである。
 仕事は板の間でするらしく、打ちかけた面や道具などが置いてあった。
木くずは散乱していたが、きたない印象なく、むしろ整然として見えた。
「電話は大家さんのところにしかないので、そうとうな急用でないかぎ
りつかわないことにしてるんです。携帯なんてのも、ぼくには必要あり
ませんし…。家のものも連絡の必要があれば、手紙をよこすか、誰かを
つかいによこします。隠居しているわけじゃないんですが、仕事がはじ
まると、ひと区切りつくまで、なにも手につかなくなってしまうもので
すから」
 もしかしたら、このあいだの取材のときに話したかもしれない。保雄
はそう思いながらも、冴香の前で、なぜかつねになく饒舌になっている
自分がいることを、ふしぎな感情でとらえていた。
「ところで、きょうはどういったことで、こちらへ…」
「いえ、べつに…。これといった、たいした用事ではないんです。しば
らく、面をながめさせてください」
 冴香は、保雄がだした煎茶をもらい、しばらく面をながめていたが、
また寄せていただいてもよろしいでしょうか、と保雄にたずねると、身
じまいをして帰っていった。
 それをさかいに、冴香はたびたび〈草木庵〉に顔をだすようになった。
 どちらからともなく、おたがいに思いをよせあっているのを感じたの
は、まもなくのことである。

                           (つづく)

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「めきき」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2006-05-25 09:26 | 小説のようなもの
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