工房は、まず二畳ばかりの土間になっており、土間の右手、窓の下は ちいさな炊事場になっていた。正面の手前は三畳ほどの板の間で、奥は おなじくらいの広さの畳敷きである。 仕事は板の間でするらしく、打ちかけた面や道具などが置いてあった。 木くずは散乱していたが、きたない印象なく、むしろ整然として見えた。 「電話は大家さんのところにしかないので、そうとうな急用でないかぎ りつかわないことにしてるんです。携帯なんてのも、ぼくには必要あり ませんし…。家のものも連絡の必要があれば、手紙をよこすか、誰かを つかいによこします。隠居しているわけじゃないんですが、仕事がはじ まると、ひと区切りつくまで、なにも手につかなくなってしまうもので すから」 もしかしたら、このあいだの取材のときに話したかもしれない。保雄 はそう思いながらも、冴香の前で、なぜかつねになく饒舌になっている 自分がいることを、ふしぎな感情でとらえていた。 「ところで、きょうはどういったことで、こちらへ…」 「いえ、べつに…。これといった、たいした用事ではないんです。しば らく、面をながめさせてください」 冴香は、保雄がだした煎茶をもらい、しばらく面をながめていたが、 また寄せていただいてもよろしいでしょうか、と保雄にたずねると、身 じまいをして帰っていった。 それをさかいに、冴香はたびたび〈草木庵〉に顔をだすようになった。 どちらからともなく、おたがいに思いをよせあっているのを感じたの は、まもなくのことである。 (つづく) 「めきき」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-05-25 09:26
| 小説のようなもの
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