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め き き   (8)



「あの白磁の角瓶が、かりに李朝だったとしても、おまえのつけた値は
まちがっていない。上もなく、下もなく、あれはあそこまでのものだ。
あれには、つよさが足りない。李朝という、あの時代を生きていくため
の…。奥に秘めたつよさが感じられなかった」
 真野は、いつ絶えるともない北方民族からの執拗な攻めの中にありな
がら屈することのなかった人々が築いた時代のことを思った。陶工たち
も、その中でやきものをつくりつづけていたという。そこで生きるとい
うことには、ひとかけらの妥協も許されなかったにちがいない。
「わけもわからず、李朝ならなんでもいいというのも困ったものだ。専
門家と称するものの中にも、そういう手合いがいるらしい…」
 なげかわしいな、といい真野は言葉を継いだ。
「中国の昔の、なんとかいう詩人が、鑑賞の俗悪なために名画の価値を
減ずることを嘆いたという。名画もそうだが、やきものや骨董とておな
じことだ。対象とのあいだに生まれる、価値と心を観ることができるか
どうか。それがだいじなことだ。とにかく自分を磨くことだ」
 鑑賞の俗悪なために名画の価値を減ずる、とは何かで読んだ言葉だと
気になったが、それがなんであったか、保雄には思いだせなかった。
 なによりも自分の直感と、ものをみる眼を信じて生きてきた男がそこ
にいる。保雄は、とことん調べつくして結論をだす学究肌だった父とは
ちがう魅力にもった真野という男を見るとはなしに見つめていた。

                           (つづく)

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「めきき」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2006-05-04 11:06 | 小説のようなもの
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