「あの白磁の角瓶が、かりに李朝だったとしても、おまえのつけた値は まちがっていない。上もなく、下もなく、あれはあそこまでのものだ。 あれには、つよさが足りない。李朝という、あの時代を生きていくため の…。奥に秘めたつよさが感じられなかった」 真野は、いつ絶えるともない北方民族からの執拗な攻めの中にありな がら屈することのなかった人々が築いた時代のことを思った。陶工たち も、その中でやきものをつくりつづけていたという。そこで生きるとい うことには、ひとかけらの妥協も許されなかったにちがいない。 「わけもわからず、李朝ならなんでもいいというのも困ったものだ。専 門家と称するものの中にも、そういう手合いがいるらしい…」 なげかわしいな、といい真野は言葉を継いだ。 「中国の昔の、なんとかいう詩人が、鑑賞の俗悪なために名画の価値を 減ずることを嘆いたという。名画もそうだが、やきものや骨董とておな じことだ。対象とのあいだに生まれる、価値と心を観ることができるか どうか。それがだいじなことだ。とにかく自分を磨くことだ」 鑑賞の俗悪なために名画の価値を減ずる、とは何かで読んだ言葉だと 気になったが、それがなんであったか、保雄には思いだせなかった。 なによりも自分の直感と、ものをみる眼を信じて生きてきた男がそこ にいる。保雄は、とことん調べつくして結論をだす学究肌だった父とは ちがう魅力にもった真野という男を見るとはなしに見つめていた。 (つづく) 「めきき」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-05-04 11:06
| 小説のようなもの
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