■□■ 二年前までは、自分がこうして骨董屋の帳場にすわっていようとは、 保雄には考えもおよばなかった。〈蔵屋〉の帳場にすわりはじめ、やが て一年半が経つが、そのきっかけは突然のようにおとずれた。 二十歳をすぎたころ、保雄は美術大学で現代彫刻を専攻するかたわら、 独学で能や狂言の面を打つようになっていた。どういう拍子でそうなっ たのかはともかく、そこに骨董を商う〈蔵屋〉の主人で書を趣味として たしなんできた父・幸蔵の血を思わずにいられなかった。 各地で個展をひらきながら精進をつづけ、面を打つことで、いつしか 口に糊することができるようになったのは、三十歳を目の前にしたころ だった。彼の仕事は、めだたなかったが、打たれた面はたしかな評価を 得てひろまり、地元から神楽の古面の復元を依頼されたこともある。伊 豆長岡の静かな山あいの地に、古い民家の離れを借りて工房を築いたの は、ちょうどそのころだった。気どらないのがいいだろう、そういって、 父が〈草木庵〉と名づけた。伊豆長岡は、頼朝とあやめ御前のゆかりの 地でもある。保雄は、そこが、ふたりの恋物語の舞台であることにちな んで、はじめの試みとして、「あやめ」という創作面を打ったが、無欲 のなせるわざか、思いもよらぬ話題をよんだ。そして、いつしか保雄の 工房は、熱海の能楽堂や修善寺の能舞台で演能をおえた役者たちがかな らず立ち寄る拠点ともなっていった。 (つづく) 「めきき」は、毎週月曜日・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-04-24 08:19
| 小説のようなもの
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