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う つ わ   (5)



 源造は、幸一を、子どもとしてあつかうことはけっしてしなかった。
十二歳の幸一に、はじめから、おとなが使う七尺二寸の並鉾をあたえた。
とうぜん、幸一は、弓を引きわけることはできなかった。それは、かれ
には、ひどく辛いようにも思えた。けれど、自分を一人前にあつかって
くれたことに、心のどこかでうれしい感情が生まれていたこともたしか
だった。
 単調な稽古は、表面的にみればおもしろくはない。興味半分に、幸一
といっしょにふたりの少年が弓を習いはじめたが、すぐに弱音をはいて、
稽古場に姿をみせなくなった。
「なぜ、けんちゃんと、まさくんは、来なくなったんだろう」
「弓よりもおもしろいものが、あるんだろう、きっと」
 源造のいうことを聞きながら、幸一は、じぶんが弓のことをふたりに
話したとき、おもしろそうに耳をかたむけていた、かれらの顔を思いう
かべていた。
「どうしてかなぁ」
「わからん。さぁ、稽古をはじめよう。人は、なまけていられるほど長
くは生きられん」
「……」
「いざというときに、人間の本性があらわれるものだ。それは、容れも
のの違いということかもしれない」
 心のままにふりまわされるのは奴隷とおなじだ。己の心を自在に使い、
したがえていくのが、真の自由というものだ、とも源造はいった。
 ちいさな心に生まれた問いに答えた老人の言葉は、少年には、よくわ
からなかった。しかし、いつか、わかるときがきっとくる。源造は、念
じるかのように、幸一の中のおとなの心にむかって語りかけていた。

                           (つづく)

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「うつわ」は、毎週月曜・木曜日(平日)に掲載します。

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by revenouveau | 2006-02-02 08:47 | 小説のようなもの
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