源造は、幸一を、子どもとしてあつかうことはけっしてしなかった。 十二歳の幸一に、はじめから、おとなが使う七尺二寸の並鉾をあたえた。 とうぜん、幸一は、弓を引きわけることはできなかった。それは、かれ には、ひどく辛いようにも思えた。けれど、自分を一人前にあつかって くれたことに、心のどこかでうれしい感情が生まれていたこともたしか だった。 単調な稽古は、表面的にみればおもしろくはない。興味半分に、幸一 といっしょにふたりの少年が弓を習いはじめたが、すぐに弱音をはいて、 稽古場に姿をみせなくなった。 「なぜ、けんちゃんと、まさくんは、来なくなったんだろう」 「弓よりもおもしろいものが、あるんだろう、きっと」 源造のいうことを聞きながら、幸一は、じぶんが弓のことをふたりに 話したとき、おもしろそうに耳をかたむけていた、かれらの顔を思いう かべていた。 「どうしてかなぁ」 「わからん。さぁ、稽古をはじめよう。人は、なまけていられるほど長 くは生きられん」 「……」 「いざというときに、人間の本性があらわれるものだ。それは、容れも のの違いということかもしれない」 心のままにふりまわされるのは奴隷とおなじだ。己の心を自在に使い、 したがえていくのが、真の自由というものだ、とも源造はいった。 ちいさな心に生まれた問いに答えた老人の言葉は、少年には、よくわ からなかった。しかし、いつか、わかるときがきっとくる。源造は、念 じるかのように、幸一の中のおとなの心にむかって語りかけていた。 (つづく) 「うつわ」は、毎週月曜・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-02-02 08:47
| 小説のようなもの
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