矢は、頬骨のしたに軽くふれて、引きおさまる。静かである。源造の すべての動作が、ここに集約されていた。 的場には、一メートルほどの高さの砂の壁が築かれ、裾のほうに一間 ていどの間隔で、同心円の霞的がふたつおいてある。 砂壁には簡素な屋根がのり、一見すると檜皮ぶきのちいさな門に的場 が抱かれているようにみえた。 しかし、源造がみていたのは、的の中心だけである。心は、その一点 にだけあった。 弦の解かれる短い音がした。矢が風をきる音。そして、的を射す音が、 つづく。余韻がここちよい。自然な離れだった。 ひと呼吸おくと、源造は、縁からおりて下駄をはき、山際の矢取り道 から的場へむかい、的にささった矢をぬきとっていく。射場にかえり、 矢を矢筒にかえすと、弓から弦をはずして、それぞれをきまりの場所に かたづけた。 弦をひく右手の指に着けた道具へと源造がもう一方の手の指をかけた 途端、右の手首のあたりでひっそりと紫紺に鎮んでいた革ひもが、はら りと解けて、生きもののように宙を舞った。手なれた動作だった。ひと つひとつ、むだのない動きが、どれも欠かすことのできない、ふしぎな 筋道をもってつながってみえた。 気がつくと、いつとはなく、幸一は、矢取り道の片端にいた。 老人は、言葉のかわりに、不器用な笑顔をなげた。 「源じぃ、ぼくにも、それを教えてくれ」 「ほぉ、おまえが弓を」 老人は、そうこたえながら、少年の目に新しい力を感じていた。 しばらくして、幸一の弓の稽古ははじまった。 (つづく) 「うつわ」は、毎週月曜・木曜日(平日)に掲載します。 << よろしければクリックを
by revenouveau
| 2006-01-30 08:15
| 小説のようなもの
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